県学会(呉)

       

市民公開講座1 「13:50~14:55」

働き方改革における治療と仕事の両立支援

豊田 章宏
中国労災病院 治療就労両立支援センター両立支援部長

 

 

 人が生きていくうえで「働く」ということは重要なテーマであり、わが国の憲法には、第27条に「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う。賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。児童は、これを酷使してはならない。」と書かれています。


 一方で、われわれが生活していく中では、「就学・卒業」「就職・定年」「結婚・離婚」「出産・子育て」「介護」「会社の倒産」「リストラ」そして「病気や怪我」など様々な出来事に遭遇しますが、仕事をしている時期に出くわした場合、その対応に困ることが少なからずあります。「休みが取れるかどうか」「仕事を辞めなければならないのか」多くの人が悩んでいるはずです。加えて「少子高齢化」「女性の社会参画」といった背景もある中で、「働き方」そのものを考え直さなければ対応できない時期に来ています。生きていくうえで「生活と仕事のどちらを取るのか?」といわれても簡単に選べるものではないですよね。「ライフ・ワーク・バランス」という言葉を聞かれた方は多いと思いますが、これはまさしく「暮らしと仕事の両立」を目指すものです。現政権が進める「働き方改革」の大きなテーマのひとつに「両立支援」があり、その中に「出産・子育て」「介護」「治療」との両立が3大テーマとして取り上げられています。


 平成28年2月、厚生労働省は「事業所における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」を公表しました。病気を抱えながらも、働く意欲・能力のある労働者が、仕事を理由として治療機会を逃すことなく、また、治療の必要性を理由として職業生活の継続を妨げられることなく、適切な治療を受けながら、生き生きと就労を続けられることを目標としたガイドライン作成委員会は、人事労務に関する有識者と日本医師会、日本看護協会に加えて、医療現場の医師、ソーシャルワーカーといったまさに多職種で構成されました。


 一人の労働者の両立支援のためには、医療、生活、産業保健、社会資源といった多方面からのアプローチが必要です。しかし改めて気づくことは、医療者の前にいる患者は、労働者であり、家族や社会の一員であるということです。多職種で話し合うには共通言語も必要でした。医師であるわれわれは会社のシステムや労働法規などに詳しくはありません。同じく人事担当者は治療内容や予後や副作用などに詳しくありません。患者(労働者)自身も同様です。「それぞれの立場で何が出来るのか、何に気をつければ良いのか」について「基本的なこと、出来ること」から考えてみたいと思います。

 

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市民公開講座2 「15:20~16:25」

「ぼけますから よろしくお願いします」
~私が撮った母の認知症1200日~


信友 直子(テレビディレクター:呉出身)

 

 

  「ぼけますからよろしくお願いします」


 これは去年のお正月に私の母が、実際に私に向かって言った言葉です。冗談めかした言い方ではありましたが、その裏には母の切実な思いがこもっています。


 認知症になった人は、ぼけてしまったから病気の自覚もないのではないかと思われがちですが、実は本人が一番傷ついて苦しんでいます。昔できていたことがどうしてできないのか、自分はこれからどうなっていくのか、不安や絶望でいっぱいなのです。私自身、母が認知症になって初めて、認知症の人の気持ちを知りました。母はアルツハイマー型認知症で、現在要介護1です。


 私は呉市出身のテレビディレクターで、普段は東京でテレビのドキュメンタリーを作っています。呉には、97歳の父と89歳の母が二人で暮らしています。


 いわゆる老老介護です。父が超高齢ですし私は一人っ子なので、仕事をやめて呉に帰ることも何度も考えましたが、今も東京で仕事を続けていられるのは、ケアマネジャーさん、ヘルパーさん、デイサービスのスタッフさんなど、たくさんの方たちにお世話になっているからです。今は週4回、介護や医療のプロの目が届いているので、両親に何か異変があればすぐに知らせてもらえます。


 しかしこの体制ができるまでは大変でした。母が認知症と診断されたのは4年前なのですが、父は自分が面倒をみると言い張り、公的な介護サービスを受けることをずっと拒否していたのです。昔気質な人なので、家長としてのプライドや、人の世話になりたくないという「男の美学」もあったのでしょう。父は私が心配して帰省することすら、「まだ大丈夫だから、そうしょっちゅう帰ってくるな」とあまりいい顔をしませんでした。
父との押し問答は、2年以上続きました。


 父は耳が遠く、母に何かあっても気づかないこともあるので、二人だけの生活は限界だと私はずっと父に訴えていました。母が父に話しかけても父が聞こえず反応しないと、母が会話を諦めてどんどん無気力になっていくのも心配でした。両親の生活ぶりは、二人だけで閉じこもり、社会に向けてシャッターを下ろしてしまった、社会的ひきこもりのような状態だったのです。私が最初に相談に行った「地域包括支援センター」の職員の方によると、このようなご老人のケースはとても多いそうです。


 そんな中でも私は、昔から実家に帰ると両親をホームビデオで撮影するのが習慣になっていたので、撮影だけは続けていました。ビデオには、認知症になる前の朗らかな母、様子がおかしくなってきた母、ついに認知症と診断された母、母の病気を受け止めて家事を肩代わりし始めた父、でも頑として介護サービスを受けようとしない両親…すべてが映っていました。


 これを公開することで、うちと同じような悩みを抱えた家族の助けになるのではないか。そして、あわよくばひきこもっている両親の社会性獲得につなげることはできないだろうか…そう思ったのが、ホームビデオを番組にしたきっかけです。
両親は、番組にされることに不思議と抵抗はないようでした。父自身も内心では、このままではいけないとわかっていたのではないでしょうか。母の認知症を進行させないためには、生活に刺激が大切ですから。
番組への協力をきっかけに父の気持ちは外に向いていき、それでは介護のプロの話も聞いてみようか、介護認定に1ヶ月もかかるならいざという時のために認定だけでも受けておこうか…と少しずつ軟化していったのです。変化のきっかけを作ってくれた番組「Mr.サンデー」には本当に感謝しています。


 介護サービスを受けるようになってから、父は孤独な介護の重圧から解放されて明るくなったし、母も他人との交流に刺激を受けて、しだいに快活だった頃の社会性を取り戻してきました。離れて暮らす私も、両親のことを近くで気にかけてくれるプロがいることは本当に心強いです。


 認知症の人の家族は、元気だった頃のイメージが強い分、患者にネガティブな感情を抱きがちです。どうしてこんなこともできなくなったの、情けない…などなど。でもそれは本人が一番感じていること。周りが同じことを感じたり、ましてや口に出したりすると、患者を傷つけてしまうことになります。


 自分だけで介護していると、つい心に余裕を失って、患者を傷つける言葉を吐きがちです。でも私は、この4年間を振り返って、こう思います。


 他人にもできることは介護のプロにお任せして、プロと介護をシェアすること。そして家族は、心に余裕を持って「病気になっても愛しい気持ちは変わらないよ」というメッセージを患者に出してあげること。

 

 それが、認知症の人も、家族も、一番幸せに過ごせるやり方なのではないかと、今の私は思っています。

 

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